エゴイスト








「ねぇリョーマ君。リョーマ君はどの先輩が格好良いと思う?」


部活の休憩時間、雑談していた一年トリオ。

その中の一人、カチローに訊かれ、リョーマは困惑した。


「格好良い…?」

「うん。青学の先輩達って、皆格好良いじゃない。リョーマ君から見たら、誰が一番かなぁって…」

「ふ〜ん…」


そう訊かれて、確かに…と思った。

曲のある先輩ばかりだが、顔だけ見ればレベルは高いのかもしれない。


「…格好良い、ね。よく分かんないけど、それなら部長じゃない?」

「一年、休憩時間はしっかりと水分を補給しておけ」

「「「は、はい!!!」」」


手塚の言葉に、一年トリオは部室に急いで戻って行った。


「部長、恐がられてますね」

「………。先程の会話、何が俺なんだ?」

「あぁ、聞いてたんすか?…青学の中で、誰が一番格好良いかって」


素っ気なく言い放つリョーマに、手塚は首を傾げた。


「格好良い…か。それは俺よりも、アイツに相応しいのではないか?」


手塚の、視線の先をリョーマは辿った。

そこに居たのは、青学の第二の実力者…不二周助だった。

何故か含み笑いをしている手塚に、リョーマは訳が分からないという顔をした。


「不二先輩って…格好良いっていうより綺麗じゃない?」

「そう思うか?なら、その概念は捨て置いた方がいいぞ…」


意味深な言葉を残して、その場を離れる手塚。

リョーマにはその言葉の真意が掴めず、ただ途方に暮れるのだった。



















































「じゃあね、リョーマ君」

「あぁ…」


片付けが終わり、一年は既に帰る時間だった。

他の学年…いや、他の誰も居ないコートを後にし、リョーマも帰りの仕度の為に部室を急いだ。

(今日は、桃先輩も居ないんだよね…)

面倒だな…などと思いながら部室に入ると、意外な人物が椅子に座っていた。


「…不二、先輩」

「やぁ、遅かったね。他の一年生はとっくに帰ったのに…」


相変わらず、表情の読めない笑顔だった。

リョーマは何より、不二が苦手だった。

テニスも、人柄も、無駄が無く…そして他人に奥底を見せない精神の強さ。

ある意味素晴らしい。しかし、それがリョーマには人間と思わせない点にもなっていた。


「何してんすか?…三年は、一年よりもっと前に帰ったはずですよ」

「クス…そうだね。君を待ってた…っていう理由じゃ駄目かなぁ?」

「俺を…?」

「うん。偶には後輩と、交流の機会を持ってみようかなって思って」


そう言われると、なるほどと思う。

登下校を共にしている桃先輩、学年や名前の順番が近い事から部活の役割が同じになる海堂先輩。

よくかまってくる菊丸先輩、俺の心配をしてくれる河村先輩と大石副部長。

それに…何かと会話する機会の多い手塚部長。

他のどの部員よりも、不二先輩と関わる回数は少なかった。


「…じゃ、すぐに帰りの用意をしますんで」

「急がなくても良いよ」


本当は一緒になんか帰りたくないが、先輩の言葉は絶対というものだ。

リョーマとしては、面倒な体育会系の掟にすぎないが。


「…越前君。君…好きな人とか居るの?」


着替えをしていたリョーマへ向けられた、意外な言葉。


(不二先輩って、そういうの興味ないかと思ってた…)

「…さぁ?興味ないんで」

「そう。僕も興味ないんだ。恋人なんて、邪魔な存在だよね」

「…不二先輩って、思ったより辛口っすね。もっと優しい言葉しか言わないかと思った」


リョーマの心からの声に、不二はスッと目を見開いた。


「君が、僕の何を知ってるっていうのさ?」

「……っ……」


何も、言えない。

俺は…先輩の事を何も知らずに、勝手に想像した事を言ったんだ。

こんな風に言われても仕方ないかもしれない。


「あ、着替え終わったね。じゃ、帰ろうか」


何事も無かったかのように、部室を出る不二。

リョーマがその後ろに付いて出ると、不二は鍵を閉めた。


「…先輩、さっきはスイマセン」


歩いていても、何も話そうとしない不二。

沈黙は苦手ではないリョーマだが、今回はどうしても居心地が悪かった。

だから、先程の事を謝ってしまおうと思った。


「何かな?さっきって?」

「何って…俺が先輩の事、知ってるように言っちゃった…」

「あぁ、そんなの気にしてないよ」


不二はいかにも忘れてました、というような顔をした。


「じゃあ…何で話そうとしないんすか?」

「会話なんか要らない…からかな」

「?」

「会話なんか要らない。…君と交流を持てる機会が欲しかっただけ」

「でも…これって交流になってるんすか?」


不二の訳の分からない科白に、リョーマは困ったように首を傾げた。


「さぁ…、僕は手塚に、『越前と交流を持て。アイツはお前の事を知らなすぎる』そう言われただけだから」


その言葉に、リョーマは目を丸くした。

今日、不二が待っていたのも、交流の機会が欲しいと言ったのも…全て手塚によってだったのだ。


「…変な人」

「そうかな?よく言われるけど、自分じゃ自覚してないんだよね」


柔和な笑顔で言われると、これはもう末期だな…と思わずにはいられない。


「あ、此処だっけ?君の家」

「そうッス」

「じゃあ、此処でサヨナラだね。…また明日も、話そうね」


手を振りながら、呟かれた一言。

何故かその科白が、嫌ではなかった。


「変な人…。かなり変わってる」

(天才って皆あんな感じなのかな…。だったら嫌だ…)


一人、家に着きながらも、そう思ってしまう。

初めて一緒に帰って、初めて知った性格。

意外な程、変わっていて…そして意外な程、優しくはないようだった。


(また明日…か)


動き始めた運命の歯車の上で、俺はただ…これから起こる事をジッと待っていた。

一人では何もする事が出来ない、赤ん坊のように……